池上本門寺に伺いました。パチパチ!

節分の豆撒きの準備でしょうか。
本門寺は山の上にありますから、二十三区内にあるのに視界に高いビルも電線も何もなく実に気持ちいいです。
今日は、本門寺の塔頭寺院で仏教各宗派の「浄土観」について話す会があり、私は真言宗僧侶として登壇させていただきました。
真言宗の浄土とは、往く場所ではなく、目覚め(悟り)によって目の前に現れる仏の世界であり、悟った心の在り方そのものです。どこか?と聞かれれば「ここ」です。
なお、極楽浄土も一つの浄土であり、大日如来の働きの一側面。修行の途上において縁に応じて諸仏の浄土に生まれますので、浄土往生を認めているが、それだけに限定していないということです。
以下、チャッピーにまとめてもらいました。
「日本の仏教主要宗派で、浄土を何と説いているのか、短い言葉でまとめて」
「いいテーマですね。では、日本の主要仏教宗派が「浄土」をどう捉えているかを、できるだけ短い言葉でまとめます。」
浄土系
浄土真宗
👉「浄土は阿弥陀仏のはたらきそのもの。信に定まる世界」
時宗
👉「念仏の中に現れる浄土。生死を超えた今ここ」
曹洞宗
👉「浄土は別にない。修行そのものが浄土」
臨済宗
👉「悟りの心が浄土。迷いが消えたところ」
真言宗
👉「この身このままで仏の世界(即身成仏の浄土)」
天台宗
👉「心が清まればこの世が浄土(一念三千)」
日蓮系
やはり、どの宗派も言い方が違うだけでほぼ一緒かなー、なんて(^^;)
宗派の違いとは基本的に方法論の違いであって「悟り(心穏やかな世界)」という到達点は一緒ですから