PRINCOの今日のパチパチ

Sidosso Princoちゃんの思わず拍手パチパチ記録

六十六部廻国供養塔

昼下がりに来客が。
「ここに六部の供養塔があるはずなんですが」
「六部って、全国行脚した云々ってやつですよね?いやあ、なんかの間違いじゃないスカ?」

流山市立博物館の下に六部尊の祠があるのを知っていたので、きっとそこと間違えたんだろうと。


「いえ、確かに円東寺です。千葉県で3番目に古いものなんですよ」
「ちなみにその情報はどこで知られたんですか?なんて本ですか?」
「廻国供養塔データベースがなんちゃらかんちゃらで~」
「まあまあ。とりあえず、うちにある供養塔をご案内しますよ(いやあ、そんなん無いって~)」


「これは百万遍だし、これは御遠忌だし。ね?無いでしょ」
「えーと、、、、あ、これですね」
「ぎゃふん」



いやはや、大変失礼しました。六十六部廻国というのは中世に始まり、近世初頭まで(中でも主に江戸時代)で数百年に亘って続けられた世界でも例を見ない巡礼だそうです。
そしてその供養塔は、全国を歩いて回って六十六の霊場にお経を納めた僧侶が成満記念に、あるいは後年にその功績をたたえて建てられたものです。パチパチ!
六十六部廻国を達成した行者を六部と称すそうです。当時は命がけの大変な修行だったことでしょう。どれくらいの期間をかけて歩いたのかなあ。
流山の博物館下の六部尊は、不幸にも行脚の途中に亡くなった方の供養のために建てられています。



アビラウンキャン(アビラウーンケン)。大日如来さまのご真言です。あとの字はほとんど読めなくて、、、、



円東寺の六十六部廻国供養塔も『廻国供養塔データベース』にきちんと記録されていました。てへっ。
流山市には21の廻国供養塔があり、円東寺の物が一番古いそうです。わーお。
千葉県でも3番目に古い(1番古いものは袖ヶ浦にあり1665(寛文5)年、2番目は成田市にあり1679(延宝7)年)のだとか。
いやはや、何も分かってませんでした。ごめんなさい。ふかぶか(こうべを垂れてお詫び)



~私の想像のお話~
その昔、市野谷村の円東寺の清華浄林坊という立派な僧侶が全国津々浦々、六十六の霊場を旅して歩き、帰村後は講ができて近隣の村々から大層な信者を集めた。
1693(元禄6)年、19人の篤信の信者がお金を集めて、清華浄林坊の功績をたたえる塔を建てた、、、、、ということかなと。



台座の部分に彫られた、誰が寄付したかの部分は超能力じゃないと読めません(^^;)



来年(2026年)が建立されて333年。記念に東京タワー(333m)でも昇るか~!



以下に記録を残しておきます(データベースから一部加筆。御真言新義真言宗の読みに変えてあります)。

建立:1693(元禄6)年
場所:千葉県流山市市野谷563-1 円東寺
形態:山状角柱
〔正面〕(ア・ビ・ラ・ウン・キャン)
〔右〕奉納霊仏霊社諸国修行二世成就之所
〔左〕清華浄林 大畔村・三輪山村・流山村・北山村・野々下村・長崎村・高田村・駒木村・□□□□(五多津村ヵ)・市ノ谷村 
〔裏〕元禄六癸酉二月十八日 
〔台石〕講中 みの・いそ・婦よ・とは・た津・つき・可よ・なほ・かん・いそ・とよ・ちよ・志ん・□□(しめヵ)・□□・はる・志ち・きよ・きん

流山市金石文記録集』上巻、流山市教委、1971、p.120-121 1903